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「目に見えないが故に」
8月9日、長崎に原爆が投下されてから80年が経った。祖母の父と姉と妹が犠牲になられた。3年ほど前に祖母の戸籍を取り寄せて調べたところ、祖母の父は当時59歳、仕事先で被爆したようだが場所などはわからない。祖母の姉は結婚して被爆地に近い竹の久保町に住んでおり、あの日の前日(8日)に妹が姉の家に泊まりにいって犠牲になられたと母から少しだけ聞いていた。
私は、真っ黒い遺骨しか残っていないこの3人の方が、この世に存在したとこを残そうと、戸籍に載っている名前と年齢を「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」に永久保存した。昨年、私の娘をここに連れて行き、タッチパネルで名前を検索させて犠牲になられた3人の名前を見せた。娘にとって原爆はあまり関係のないことだと思っていたかも知れないが、この時ばかりはリアルに感じるものがあったようだ。お互い見たことも会ったこともないが、犠牲になられた3人の方はきっと喜んでくれていると思った。そして「目に見えないものを見えるもの」に変えることができたような気がした。

目に見えないものを想像する力によって感性も育まれ、子供たちの人生も素晴らしいものに変えられると信じている。心に何を植えるか、まさに「想像力」はリハーサルであり、やがて現実となる。鈴木市長の平和宣言では「こんな世界になってしまうと誰が想像したでしょうか。武力には武力の争いを今すぐ止めてください」との言葉があった。今なお争いが絶えない残念な世界に対し、私たちはこの悲惨さを現実のものとして子孫に伝え残す使命がある。それを忘れたなら、どんなに平和を望んでも世界は再び同じ過ちを繰り返すことになるのかもしれない。
(2025年8月9日 原爆投下から80年を迎えて「イマジン / ジョン・レノン」を聴きながら)
曾祖父 / 重久 篤義 (59歳) 大伯母 / 荒木 静枝(27歳) 大叔母 / 重久 愛子 (12歳)
(2025年10月現在、静枝さんには生まれたばかりの赤ちゃんがいたことが分かった。犠牲者は4人になる)
80年の時を経て今、哀悼の意を捧げつつ・・・

By やすのしん
Alternative Music School「未来世界」
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